2015-10-02

世界記憶遺産・山本作兵衛氏の炭鉱記録絵。


ちょっと友人からリクエストがあり

今日は炭鉱ネタです。



山本作兵衛氏が生まれ育ったのは筑豊の飯塚市だが

炭鉱がなくなり田川市の炭鉱事務所で

宿直警備員として働き始めた60代半ば。



その後、田川市立図書館から依頼があり

絵を本格的に描きだしたそうです。



その後、山本氏は描いた絵を

田川市の小中学校に寄付しています。



が、ほとんどの絵が学校の倉庫で

眠ることになります。




それはなぜか?


山本氏は飯塚市の比較的優良な

炭鉱出身であったそうです。



田川市はどちらかというと

過酷な炭鉱が多くあったそうです。



なので、山本氏の絵を観ても

「…」という感情しかわかなかった

というのが本当のところかと。



それが世界記憶遺産になった!

ということで皆ビックリ!

慌てて倉庫を探し回ったということですよ(笑)





田川の炭鉱を知らない若い人たちにとっては

これで田川を活性化しようと沸き立ちます。



しかし、炭鉱経験者たちは複雑な心境です。

「これがすべてではない」と。


もっともっと過酷であったと。




そんな過酷な現場で生き抜いてきた

という矜持もあり

素直に山本氏の絵を

受け入れられないのかもしれません。



私の祖父・祖母・父と炭鉱もんです。

もしかしたら祖父の父も

炭鉱もんだったかもしれません。


ちなみに祖父の父は

長崎市の人です。



父は15才まで潜っていたそうです。


炭鉱での出来事を多く語ろうとはしません。



なので、祖母が炭鉱で働いていたことも

つい最近まで知りませんでしたし

父も炭鉱で働いていたことも

知らなかったぐらいです。





私も実際、山本氏の作品を観ても

恐らく皆さんほど感動は感じません。



私が小学校の頃は

普通に社会科の授業で

炭鉱の勉強していました。


なので

「これって学校で勉強したから知ってるでしょ」

のレベルだったからです。



これは全国の小学生が受けている授業

だと思っていました(笑)





まぁ、そこらへんを声を大にして言ってしまうと

せっかくの盛り上がりを凹ましてしまいそうで

静観しているという感じみたいです。




炭坑節で

「あんまり煙突が高いので
さぞやお月さん煙たかろ」

と歌われた煙突が

旧三井田川鉱業所

伊田竪坑第一・第二煙突です。



伊田竪坑櫓も残っています。





ここは実家から徒歩圏内で

小さいころから遊びなれた場所です。


まぁ私がちっちゃなことろは

こんな綺麗な公園では

ありませんでしたけどね(笑)


公園でもありませんでしたし…。


ただのボタ山。

炭坑跡地でしかありませんでした。




伊田竪坑櫓には柵などなく

一番下には事務所があったんですが

地盤沈下のため半分が

地面に埋まっていました。


窓ガラスが割れていて

子供であれば窓から事務所内に入ることができ

秘密基地にしてました。


もちろん大人たちには内緒ですよ(笑)


柵ができたとしても

よじ登って入ってましたけどね。


「危ないから行っちゃダメ!」

な場所は子供には魅力的は

場所だったりするのです。


大冒険の始まりなのです!






そんな幼きの日の想い出は

跡形もなくなってしまって残念だけど

それでホドホドに田川が活性化するのであれば

いいんじゃないかな~。










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